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正しいことから楽しいことへ

話をしてる時に、とあるフレーズが心に浮かんできました。

「正しいことでなく楽しいことをする」。

我々は、生まれてから、長年、親から、そして学校の先生から、「正しいこと」をするように教育されてきました。

「正しいこと」とは、法律を守ること、倫理観、常識、と様々であり、我々は現代社会において、この正しいことを守ることが大切だと教わってきました。

この「正しいこと」とは何なのでしょうか?

それは神様のような存在が作った絶対的なものと捉えがちですが、よく考えると、正しいこと(=常識)は、すべて、我々人間が作り出した価値観にすぎません。

そして、正しいこと=価値観は、時代と共に変化してきました。

例えば、私は学生の頃、受験勉強を一生懸命しましたが、「勉強していい大学、いい企業に入らないといけない」という価値観は、高々、ここ30年ぐらいに生まれたものです。

昔は受験勉強など存在しません。明治以前には、そもそも大学も存在しませんでしたし、身分制度があり、勉強することが自由ではありませんでした。

つまり、この正しいことは、人が作り出した勝手な思いから出来ており、決して普遍的なものではありません。

正しいことは争いの原因

何が正しいか、すなわち、価値観は、人ぞれぞれ違います。

正しいことをしたいと思うと、正しくないことが許せなくなります。

自分と同じ価値観を持たない人を許せなくなります。

そして、この許せない気持ちは、他人への嫌悪感やストレスとなり、許容範囲を超えると、他人を批判し、ついには攻撃するようになります。

有史以来、戦争が起きない時代はありませんでした。常にどこかで紛争が起きています。

なぜなら、全世界の人々が、正しい、正しくないの判断基準が統一されることはないからであり、結果、各国の人が独自の価値観を持ち、その価値観に反する国や人を排除したいと思うことが紛争を引き起こしているのです。

つまり、正しいことをする、ということは、正しくないことを許せないことであり、その結果、争いが起きることになります。

正しいことから楽しいことへ

正しいことが争いを引き起こすことからも、どうやら、我々人間は、正しいことをするために生まれてきたのではなさそうです。

では、正しいことでなく、楽しいことをするとどうなるでしょうか?

楽しいことをすると、人はワクワクします。

そして、とても心が満たされます。

そこには争いという感情は生まれません。

この先、資本主義が崩れ、政治、経済が混迷を極めると、常識が常識として通用しなくなりそうです。

そして、この先、我々が今まで正しいと思って行動してきたことが、何に役にもたたなる時代がやってくるでしょう。

これからは、正しいことするのではなく、楽しいことをすべきです。

正しく生きるのではなく、楽しく生きること、が、これからの生きる上での大切なコツになりそうです。

今までの常識や概念に囚われることなく、自分が心から楽しいと思えることを誰もがする時代が来れば、争いごとのない、良い社会にかわっていくことでしょう。

私も、これからは、正しいことでなく、自分が本当に楽しいと感じることをやろうと思ってます。

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コメント

おっしゃっている内容。そうだと思います。
そのために、まずは、楽しいとはなんだというところに立ち返らなくてはならないと日々感じております。
私は、「正しい」というのはルールを補強する観念であって、それが民主的というか多数決で選択されたものであるほど、観念的になるのだと思っています。
家族ぐらいの規模と関係性における「正しさ」は楽しさと近しい感覚を持っているのに、大きくなるとダメですねぇ。
そういう意味で、おっしゃっている「楽しく生きる」は、僕の中では小さい規模の喜びを敷衍して行くという風に捉えようと試み、またそれが観念的ではない、実質的な正しさとして自分を補強するようであればと願います。

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